第8回 セックス依存症

読者メールをいつも楽しく読んでいます。私の感じたことに共感してくれているというメールを見たり応援しているというメールを見ると、なんだか救われた気持ちになってしまいます。みなさんいつもありがとう!

では・・・今回は依存についてです。シリアスにコミカルにお話ししてきます。私の悲しい過去についてお話ししましょう。

”アルコール依存症”(通称:アル中)って言葉なら知ってると思うんだけど・・・私のバアイは完全に”セックス依存症”だった時があるのね。それも高校生の時。う~ん・・・「桃子は単なるやりまんだったんじゃん?」って? 違うよぉ~ほんとに。確かにセックス大好きですけど(笑)それって普通でしょ?まぁこの世の中には淡白な人もいるんだけどね。(信じられませんけどね)

この病的な”セックス依存症”っていうのは、ただ単にセックスが好きっていうのとは少し違う。何が違うっていうと、こうゆう病気の人は、セックスをしている時に自分の存在価値を見出すしかないんだよね。自虐的というか、セックスをすることで自分を認識する。しかもやるのは誰とでもいいの。私の場合は、よく言う援交で・・・。だってなんとなくタダでやらせちゃうのってばかばかしいというか恥ずかしいじゃない?お金の為みたいなふうにしといて、私はこころの苦しさをセックスに頼って、なんとかバランスをとっていた。悲しい話し。。。

うちはめちゃくちゃ厳しい家庭だったから。自分の思ったことも言えない。常に自分の気持ちを押し殺してた。学校でも自分を出せなくて、おかしいことに唯一自分を出せたのが援助交際で出会う見知らぬ男性だった。体を求められれば求められる程、自分の存在を認識できてしあわせだった。淋しい青春だったなと思う。

援交はいけないこととわかっていても、体が止まらない。またしてしまう、の繰り返しだった。高校を卒業しても私のこころのバランスは不安定で、愛情にも飢えていた。そして今度は堂々と仕事として”風俗”でこの体の切り売りを始めた。私は決してよくいる風俗嬢タイプではなく、ごく普通の女の子(清純派?笑)で、なんで働いてるのっていうタイプ。

だからお客さんにはうけた部分もあったんだけど。なんでこんな子が?みたいなこんな普通の子にここまでやってもらっちゃえるなんて興奮しちゃう・・・みたいな。(笑)指名がとれればとれる程、私の存在価値を認めてくれた証拠として、私はうれしかった。まさしく風俗という仕事が私の生きがいだった。

でも・・・冷静に考えたら、お客さんは私を指名したのではなく、風俗嬢として自分を偽ってお客さん好みの女を演じた私を指名していただけなのにね。こうやって当時の自分を振り返ってみると、私って全く進歩してなくって、高校の時も、そして卒業後もずーっと自分を偽って生きてきたんだなぁ。偽りの愛情に満たされているかのような錯覚を覚えて、ずーっとやってきたんだね。

私は今でも風俗が好き。決してうらんでないし、こころの片隅で復帰したい願望もある。まだまだ自分を偽って生きている証拠だと思う。まだまだの私です。

ほんと情けない自分がいて、でもそのことをちゃんとわかっている自分がいて応援してくれる読者のみんながいて、私はしあわせだと思う。あまり他人には言えない私のこころの中の苦しみをこうしてメルマガを通じて伝えることができて、共感してくれる人がいることで、私は自分のしてきたことを冷静に振り返って前に進める。

がんばんなくちゃ!って思う。強くならなきゃね。

2003.11.12

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