第9回 風俗嬢の鏡
DC嬢を始めてまだ2~3回目の出勤日、あるホテルでのお仕事を終えて迎えの車に乗り込もうとしたら、助手席に他の女の人が乗っていた。私は基本が自宅待機なのでほかの女の子と会うことはほとんどなく、あるとしたらこのときみたいに車で会うパターンしかないのだけれど、他の子と会うのはそれが一番最初だった。
私は生きてきて初めて間近で見る風俗嬢になんだかとてもどきどきした(自分も同じことをしているのにおかしな話だけれど)。そのときは何も知らなかったが、彼女は私が今や一番尊敬している人である。仮に名前をアヤさんとしておこうかな。
アヤさんとはその後も何度か同じ車になり少しだけ会話した程度なのだけれど、なんだか彼女だけは私の中で別格なのだ。アヤさんは業界歴も長いベテランで仕事もできて指名も多く、それなのに礼儀正しくて風俗スレしていない、まさに風俗嬢の鏡みたいな人だ。
その日はけっこう寒い日で、アヤさんが窓を開けてたばこを吸っていたらドライバーさんが「なんで寒いのにそんなに窓開けるの?」と言った。そしたらアヤさんは「うしろに煙が行ったらかわいそうだと思って」と答えたのだ。私がたばこを吸わないこと、しかも煙がかなり苦手であることなんて一言も言ってないのに、アヤさんはそれを察して気を使ってくれたのだった。私は、なんだか妙に感動してしまった。
そのあとアヤさんはお仕事が入っていたのだけど、急遽指名の電話が入ってそっちに行くことになった。ドライバーさんが「指名入ったからそっちに行ってくれる?」と言ったとき、アヤさんは「うん」と言った後ぼそっと「いやだなあ…・」とつぶやいた。ドライバーさんが「え?いやなの?!」と驚いたら、アヤさんは「いやだよー」と言った。
たぶんアヤさんはそのお客さんに何度もついているのだろうけど、ほんとはいやなのだろう。だけどそれでNGリストに入れるわけではなく、ちゃんとお仕事をしてまた指名を取り続けているのだ。すごい、と思った。私もきっと、お客さんを選べないという風俗嬢の一番のストレスにこれから耐え続けていかなければならないのだなと改めて認識した。だからその会話は今でもとても印象に残っている。
そして、アヤさんが「いやだなあ」とつぶやいた気持ち、私はその後それをいやというほど味わうことになるのである。でもこれは「鏡」になるための最初の試練、私は、そう思った。誰かに「鏡になれ」と言われた訳でもないのに、私は、耐えた。
2002.10.11